レポート

『企業においてあなたが遭遇するであろうジレンマ 仕事と社会倫理との乖離について,具体的にシミュレーションし,解決案を示せ.』

シミュレーションってどうすんのかなぁぁぁ.しかも具体的ってリサーチが面倒だ.いやリサーチなんてしない.明日は中間テストあるし.他にもレポートが一件あるし.木曜日の夜は見なきゃいけない番組がとても多いのだから.
以下レポート本文





「先輩,僕は思うんですよ.たとえば俺達科学者にとっては明らかに正しくて,社会はきっとそう向かうべきだと言いえる道が在るとするでしょう?いやそれほど大袈裟じゃなくても良いですけど…特に今は環境問題とかエネルギー問題が注目を浴びているじゃないですか,科学者にとっても,一般の人にとっても,政治家にとっても.」
「そうだな,だから俺らの研究に国からの予算が下りている.」
「だけどですね,確かに僕らや水素エネルギー開発やってる他の人も,こうやって国から期待されつつ,自分もロマンチックに仕事が出来ているのはとてもありがたくて,幸福なことだと思いますがね,僕たちはただ運がよかっただけなんじゃないかと思うんですよ…」
「というと?」
「僕らのやっていた事はたまたま世の中がそういう流れになって,脚光を浴びただけなのではないかと.もしかしたら注目されていたのは圧電道路(笑)発電だったのかもしれないし,太陽光発電だったのかもしれない.もしかしたら原子炉のように嫌われていたかもしれない.」
「まぁ運がよかったとも言えるし,先見の明があったとも言えるな.」
「まぁそうですね.さっき世の中の流れって言いましたけど,つまり,エネルギーとか環境とか人間の生活に密接に関わるような重大な技術開発っていうのは,世論とか情勢が味方しないことには発展しにくいし,逆に世論が敵に回れば,ディーゼルエンジンのように殺されてしまったりする.そして,ある技術にたいして大衆の認識と僕ら科学者の認識は一致しない.」
「だからお前は大衆の無知が嘆かわしいとでもいうのかい?俺らの仕事はただ技術を開発する事だけじゃなくて,有益な成果をあげて,その重要性を世間や役人に訴えることも大事さ.水素も核融合も元の理論がよかっただけじゃなくて,その辺のところが上手くいったから,今の流れがあるんだよ」
「確かにそうですけど,説明が上手くいったとか,政治家に気に入られたとか,そのこと自体は,その技術の優位性を裏付けるものでも,他の技術を否定するものでも無いでしょう.それは技術者を取り巻く周辺の問題であって,技術そのものの質には何ら関係ない.」
「お前,それは言い過ぎなんじゃないかな.俺達工学者は研究をする上で社会の需要を無視するわけにはいかないさ.」
「それはその通りです.しかし社会の需要というのは,移動動力源と発電施設に関して言えば,“クリーンで高効率なもの“と言う程度で,脱化石燃料が見えているかどうかも怪しいし,水素とか核融合とか具体的な技術に対して向けられているものではなくて,その技術の性質に対するもっと抽象的なレベルでのものであるはずですよね.」
「だからお前は,今世間に持て囃されている水素とか核融合以外にも,もっと良い方法があるかもしれなくて,それが日の目を見ないままかもしれないことが嘆かわしいのかい?」
「と言うよりも,自分がその立場だったら…どうだろうか」
「自分のやっていることが,同じ目的,需要を達成する上で,より優れていると確信しながら,世間やお役所に認めてもらえなかったら…ってことか」
「そうです」
「ちゃんと成果を出せば,認めてもらえるんじゃないか?」
「しかしそうでない場合もある.」
「お前暗いな…」
「よく言われます.」
「確かに,宗教とか生命倫理に関わることではそういう場合もあるな.クローンとか,単性生殖とか.」
「そうです.科学技術というものが総じて,人の幸せのために使われるべきものであるとするなら,もしかしたらクローンや単性生殖が人類を幸せにする可能性があるかもしれないのに,すでに科学以外の論理でそれが否定されてしまっている.」
ガリレオも涙を飲んだと言うわけか」
「そしてガリレオは正しかった…」
「………」
「先輩,結局のところ,自分が絶対に正しいと思っている道が,社会からみとめてもらえなかったとき,僕たちはどうするべきなんだと思いますか?社会の向かう方向へ身を寄せるべきなのか,自分の信じる道を貫くべきなのか…」
「…結局それはお前次第だろ.飽きるまで拘っても良いし,柔軟に対応してもいいし.」
「僕個人のレベルでは良いんですよ.しかし自分の道を曲げることが人類にとって損失だ,と思ってしまったら,もうあとには引けないような気がします.」
「もう勝手にしろよ.思うが,お前さんは別に人類に対して責任を感じるほどでっかい人間じゃないって,いやむしろそういう態度は傲慢とさえ思う.結局お前は一人の人間なんだから,そんな責任は感じる事無いって.」
「じゃあ先輩はなんのために科学者やってるんですか?」
「世の中のためさ.だからお前よく聞け.お前が何か信じる道が在ったとして,それが実際に人類の皆さんにとって最良の道であるかどうかは,証明できないだろ?何が一番正しいかなんて,分からない.お前が如何に信じても証明は出来ない.それからいろいろ考えてる人間はお前以外にも居るんだ.お前みたいにいろいろ考えて,別の結論にたどりつくやつも居るんだ.そして繰り返すが,どれが一番か,あるいは全部大間違いなのか,神様しか分からないんだ.だからさ,世の中の皆さんとコンセンサスを取っていくっていうのは,そんなに悪い方法じゃないと思うぜ.」
「そうですね,そんな気もしてきました…いえ,ただ単に僕はロマンチストでエヴァンジェリストなので言うことがちょっと大袈裟になりがちなんですよね.分かってますよ,大袈裟なのはね….」